習志野市の【痛みの少ない】歯医者なら

医療法人社団 ほほえみ会 

スマイルデンタルクリニック

〒275-0001 千葉県習志野市東習志野8-10-10

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高峰院長の自己紹介

子供時代のこと

わたし高峰光康は愛知県名古屋市に、妹2人の上の長男として産まれました。小さな頃から身体は大きいほうで、親の影響もあり大の巨人ファンのまさに野球少年という感じの子供でした。暇さえあればいつも野球にあけくれ、遅くに帰ってはよく親から叱られていました。今の時代と違い、両親も生活するのに必死で子供をどこかに遊びに連れて行くということがあまり出来ない頃でした。

うちの父親はその頃、鉄工会社に勤務しておりトラックに乗っていました。昔ながらのあまりペラペラ喋ったりしない口数の少ない人間でした。周りから見れば、とっつきにくい感じの人だなーと見られてていたと思うのですが、子供には非常に優しい良い父親でした。

その頃の思い出として今でも鮮明に覚えているのは、年に一度父親と二人で中日球場(現在はナゴヤドームがメインスタジアム)に巨人対中日戦をトラックで観戦に行っていたことです。楽しみで楽しみで、何日も前から指折り数え、雨で中止にならないよう願掛けしていた事がついこのあいだのように思い出せます。

このように私は、この時代本気でプロ野球選手になろうと思っていました。小学校時代はソフトボール部に入り、日曜日は少年野球に通うという生活を繰り返していました。

また母親はとてもしつけに厳しく、台所の床拭き、玄関掃除、にわとり小屋への卵買いなど毎日何かしらやらなければならない仕事が決まっていました。

その頃は、それが嫌でしょうがなかったのですが、今思うと自分の真面目な性格形成のいしずえになったのではと感謝しています。こんな私でしたので勉強もあまりせず、成績も中くらいで、テストの点数が悪く親に見せられず捨てたというような苦い記憶もあります。ただ不思議と周りからは信頼されていたようで、ずっと学級委員長をまかされていました。

同級生と、小学3年生
小学5年生

思春期のこと

先生と・・

中学時代も野球部に在籍し、朝から夜まで野球ずけの毎日でした。しかし一方ではその頃はやっていたオールナイトニッポンの深夜放送を聞いたり、ギターを習いはじめたりなどということもしました。ギターは、フォーク全盛で<かぐや姫>や<松山千春>の曲が好きだった事もあるのですが、女の子にもてたいというような気持ちが芽生えはじめた事もたしかでした。  
また勉強も真剣にしはじめ、なんと近くの県立高校にトップで合格し、新入生代表の挨拶を入学式に行いました。そんなこともあり周りからは優秀な生徒と見られていたと思うのですが、その1ヵ月後には遠足で、友人達と酒を飲み交わし1週間の停学になってしまいました。
先生からは、こんなことは前代未聞だと怒られましたが、自分の中では本来トップで合格するような人間ではないんだと割り切っていました。また高校時代も野球部に在籍したのですが、もうこれ以上は伸びないと自分の素質に限界を感じていました。

松田聖子さんの大ファンでした

ファッションや髪型に興味がうつり、成績も落ちていきました。そして高校2年生の時に、少し自暴自棄になっていたこともあり、それを心配した先生が学校に親を呼ぶということが一度ありました。父親がやって来たのですが、黙って先生の話を聞き、‘ショウガナイ’と言って何も私には言わず帰りました。そして両親は、‘お前のことを信じてるから’といって必要以上に怒ったりしませんでした。逆に私はこの事で、ああ親を裏切っているんだなーという気持ちにさいなまれ、こころを入れ直し勉学に励みました。

私の家は決して裕福でなく、高校を卒業するまで台所をあわせて3部屋しかない貸家に家族5人で暮らしていました。プライバシーなどなく、すぐ目の届くところに家族全員がいて、夜遅くなるといつも台所で勉強していました。

その頃は自分一人の部屋が、周りから干渉されないスペースが、欲しくてたまりませんでした。しかし今思うと、うちの兄弟3人が、誰1人としてグレずにまっとうな道を進んだのは、このような環境にいたからなのかなーと考えたりもします。

その後、成績もかなり持ち直し、野球もあきらめ、さーこれから自分は何になりたいのか、(天気予報がすきだったので予報士になろうか?宇宙に興味があったので宇宙工学でもやるか?)などと考えあぐねていました。

そうこうしているうちに高校3年の冬になり何も決まらずに当時の共通1次試験が終わりました。どちらにしても国公立の大学にしか行けない環境でしたので、自分としては何とか家を出て、下宿出来る所へいこうと考えていました。

すると周りの親戚から‘出来ることなら医者か歯医者になったらどうだ?’という話がありました。医者だと、もし手術でもして死なれたら大変だ、歯医者ならそんなこともないだろう。それに仕事をして相手から感謝されることは、非常にやりがいのあることだと考え、こんな軽い気持ちで歯学部の受験を決めてしまいました。しかし今ではこの選択は正しかったと考えています。

大学時代のこと

何とか現役で、福岡県は小倉にある九州歯科大学へ入学することが出来ました。入学式の日には下宿先の準備やらで母親が来たのですが、私の心のなかは、‘これで自由になれる、大学では思い切り遊んでやろう ’などという事を不覚にも考えていました。

後から聞いた話では、母親は家に帰るなり思わず涙を流して息子が遠くに離れた事を寂しがったそうです。そんな事もつゆしらず、私はこれからの大学生活に思いをはせていました。

大学では野球に限界を感じていた私は、その頃見たワールドカップに興奮しサッカー部に入部しました。九州歯科大学は別名、九州歯科体育大学:九州酒科大学などと周りから呼ばれており、クラブも毎日あり、たとえ熱がでて学校を休んでもクラブにはいかなければいかないという感じでした。

上下関係に非常に厳しく、先輩の言うことは絶対でした。またほとんどの学生が大学の周りで下宿していたこともあり、夜な夜な飲み歩く姿が見られました。学祭や体育祭の時などは毎年急性アルコール中毒で救急車がやってくるという始末でした。

ただ試験は厳しく、2週間くらいは寝る間を惜しんで勉強しました。いまでも勉強におわれる夢を見るくらい辛かったですが、留年すること無く無事卒業しました。

オールデンタル優勝時
大学なのになぜか体育祭

この大学時代、私には2つの考えを改めるような出来事がありました。

1つは、入学当初このような上下関係の厳しさがとても嫌でした。というのも同じクラブの先輩などは信頼関係があるのでいいのですが、あまり関係ないのに無意味に威張り散らす人達がいて、その人達に‘どうせ高校時代勉強ばかりで何もしていないのに、大学ではいきなりこれか’という反感を抱いていました。しかし尊敬するクラブの先輩に‘逆にそう考えるほうが度量も小さく、過去にこだわった小さな人間なのではないか’と言われ、まさにその通りだと自分の器の小ささを思い知らされました。

もう1つは、自分は裕福ではなかったことをハングリー精神にして頑張ろうと考えていたのですが、同級生の医者の息子に‘医療はハングリー精神で行うものではないと思う。逆に裕福なほうが変な考えを持たず医療に邁進できるのではないか’と言われたことです。これは頭にガーンときました。裕福なほうが良いというのはどうかと思うのですが、ただ利益を優先して医療をおこなってはいけないんだと心に決めるきっかけになりました。

ともあれ、このころ築いた人間関係はすばらしく、今でも心のよりどころになっています。

勤務医時代のこと

雪下歯科 勤務医時代

卒業後、大学の先輩である東京都目黒区の雪下歯科医院に勤務しました。当時の院長は60歳を過ぎており、かなりの歳の差がありました。治療スタイルや治療器具なども決して最先端のものではなく私は少し不安を感じていました。しかしその医院にはどうしても院長先生に診て欲しい、他には絶対いかないというような信者のような患者さんがあふれていました。やはりそれは院長先生の人柄や人間的なすばらしさのあらわれに違いなく、人とのふれあい、患者さんとの接し方などメンタルな部分をたくさん学ぶことが出来ました。

そして5年間勤務した後、今度は千葉県千葉市の恵愛歯科クリニックに勤めました。

そこもやはり大学の先輩で、とても忙しい医院だったのですが、インプラント、特殊義歯、審美歯科等の最新の治療技術を学ぶ事が出来ました。またその治療スタイルも、はじめに患者さんありきの素晴らしいもので、現在の我が歯科医院のいしずえとなっています。

そして6年間勤務した頃、院長先生より‘よい物件があるので開業したらどうか’というお話をいただきました。ただ開業には莫大なお金がかかり、何も資産のない自分では無理ではないかと考えていたのですが、何とか動き出してみると当時の院長先生はじめ、親類、両親、妹からさまざまなサポートを得られ、途中、金策がつかず非常にきついこともあったのですがなんとか開業を果たすことが出来ました。人間は一人では生きていけないんだ、周りの人達への感謝の気持ちを忘れてはいけないと痛感しました。

スマイルデンタルクリニックを開業して

平成12年3月1日、千葉県習志野市イトーヨーカドー東習志野店2階にスマイル・デンタル・クリニックを開業しました。その名称からもお解かり頂けるように開業時からの基本理念は

笑顔のあふれる歯科医院でありたい

・ 患者さんからの信頼の厚いオンリーワンの歯科医院でありたい

・ コミュニケーションを大切にし、リラックス出来る歯科医院でありたい

・ 最新の治療を提供したい

・ 人間的にもすばらしくありたい

というものです。まだまだ至らない部分の多い発展途上の歯科医院ですが、これからも向上心を忘れずに、常に前向きに努力していきたいと思っております。

そして皆様にお口の健康を通して豊かな人生を提供できるよう、またそれを望まれる意識の高い方々と共に歩んで行きたいと考えています。

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